テスラがEV車で成功した理由(後編)ー Marc Tarpenning

クルマは自己の価値観を表明するためのツールなんだ。

Marc Tarpenning – テスラ共同創業者

 

 

前編では、テスラ設立の理由が現代の諸問題の解決が目的であり、それらの筆頭が脱・石油にあったことと、その解決手段がEVの生産であったことが解説されていました。

今回の後編では、EVのマーケティングを成功に導いたインサイトがどのようにして導き出されたのかを解説します。

 

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マーケティング戦略を構築する上で彼らが最初に設けた問は;

EVを買う人など存在するのだろうか?
  • どのような人がEVを買っているのか?
  • なぜ買うのか?
  • り良いものに移行する可能性があるのだろうか?

 

 

市場機会
  • 米国内では毎年約1,700万台ものクルマが販売されている
  • ニッチなスポーツ・カー市場ですら$30億ドルの市場規模を有する
  • 2003年度のEV販売数はゼロ!

 

マーク:「アメリカ国内では年間に1,700万台ものクルマが売れている。その中で僕らが起業した分野の2シーターの高級スポーツカーの市場規模は$30億ドルもあるんだ。言っておくけどポルシェの安いヤツとかを含まない数字でだよ。みんなクルマを買うのが好きなんだ。ここに大きな市場機会が存在しているのは判っていた」

「そして、この領域にはEVが1台も存在していない–ゼロだった(2003年当時)。少なくとも米政府の発表した統計では全く発見することができなかった」

「では2003年当時、なぜEVは市場を獲得できていなかったのか?」

2003年当時に発売されていた各種EV

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マーク:「なぜこれらのEVは売れなかったのだろう?」(笑い声とともに観客から「ゴルフカートみたいでカッコ悪いから!」と言う声があがります)

マーク:「そう、とってもカッコ悪い」

「それともうひとつ、EVはコスト効率が大変良いので、すべてが経費を節約する目的の省エネ・カーとして、最もローエンドな市場をターゲットにしていたんだ。胸がワクワクするようなモノじゃなかったんだ。決して人々が欲しくなるようなクルマじゃなかった、という事さ

「僕らが投資家(VC)相手にテスラの起業アイディアをプレゼンしていた当時、彼らは決まって『で、この車はどのくらい乗るとモトが取れるのか?』と質問してきました。でもね、連中はみんな高額な特注のポルシェとかに乗っているんだよ。そこで僕が『じゃぁ、あなたのクルマはいつモトが取れるんですか?』と訊き返すと『いや、モト取ろうなんて思って乗ってるんじゃない。これはそう言ったものとは違うんだ』とか言うんだ。僕らの目指していたのも同じ世界なのに分かちゃない連中だよね!(笑)」

 

 

他のEVはどうなったのか?

マーク: 「テスラ以前にもEVは存在していた。主にカリフォルニアがその生息場所だった。理由はゼロ・エミッション義務という規制が施行され、カリフォルニア州で販売する全ての自動車会社はEVを生産する義務を負わされていたからなんだ」

「どれも実際には使い物にならないような代物ばかりだったけど、トヨタのRAV4とGMのEV-1だけは例外だった」

 

本来であれば、この時点で自動車会社は将来に向けて素晴らしいEVの開発と生産・販売が可能だったはずなのに、実際に彼らがやったのは議会に圧力をかけてゼロ・エミッション法案を廃止に至らせました。

すると文字通り一週間後には全ての自動車会社がEVの生産を中止してしまいました。

でも、その中の2車種、RAV4とEV-1には熱烈な顧客が存在していたのです。当時、両車種はリースのみで販売はされていませんでした。RAV4の熱烈なユーザーグループは自分たちのリース車両の購入をトヨタに懇願しました。

米国トヨタは彼らの願いを聞き入れ、将来的にサポートが不可能になることを顧客が了承することを条件に、希望者にはEV-RAV4を販売したのです。

スクラップとなったEV-1

ところがGMは−これはとても有名な話ですが−同じような顧客の願いを却下し、EV-1の熱烈なユーザーグループからの訴訟をも退けて強制的にクルマを撤収してスクラップにしてしまいました。

マーク: 「顧客が愛してやまない自社製品を、強制的に取り上げて目の前でスクラップにする企業が存在するなんて信じられないよね!(会場からは笑い声)それがGMなんだよ」

「覚えてるだろう?金融危機に際して1社は倒産し、もう1社は倒産しなかった。理由が明白だね(笑)」

「でも、この事例から僕らは色々なことが学べたんだ!」

「GMにとって長期的にEV-1の生産を継続するだけの十分な顧客数はとうとう達成できず、それが生産中止の理由だ(ワシントン・ポストに掲載されたGMのスポークマンの声明 2005年)」 ”要はEV-1は技術オタクと環境保護主義者にしかアピールできなかった”

マーク:「僕もマーティンもこのワシントン・ポストの記事を読んで怯んだよ。だって僕ら自身が、それこそ環境保護主義者の技術オタクだったからね(Tree Huggers and Geeks)。EVなんて僕らのような少数層にしか受け入れられないんじゃないか?って危惧したよ」

「だからこそ、自動車市場のどこにDisruptionのチャンスがあるかを綿密に探る必要があったんだ」

 

長年の熾烈な競争を勝ち抜き、切磋琢磨を重ねた自動車産業は高度に効率化が進んでいました。そんな業界でチャンスを掴むためには並外れて斬新なものがなくては不可能です。

ヒントは以下の事実にありました。

 

顧客層の意識は変化している。 彼らは経費節約を目的としてEVを選んでいる訳ではなかった!
顧客の意識は変化している
  • EV-1の顧客層の平均年収は$25万ドル以上(約2,700万円)
  • プリウスは、より上位車種のレクサスからの乗り換え層が多く見受けられた
  • 当時のガソリン価格は$1.50/Gal(リッター50円以下!)という低さ → 燃費の節約が目的ではないのは明白!

マーク:「EV-1の顧客層を調べて見ると、彼らは米国で最も高級車が数多く売れているカリフォルニア州の中でも上位の富裕層だった。住所を見るとベルエア、マリブなどの高級住宅地ばかり。小銭を惜しんで節約に励むような階層でないのは明らかだった」

「その2年程前にプリウスが発売されていた。トヨタはエコ・プラットフォームと呼ばれる最廉価版の車体を使ってプリウスを開発したんだ。カリフォルニアでプリウスが発売された途端、プリウスはレクサスの市場を奪ってしまった。これはトヨタにとっても計算外だったはずだ。思惑とは異なり、この階層の人々がプリウスに買い換えた理由は節約ではなかったんだよ」

「彼らはガソリン代より多くの金をスターバックスのラテに費やし、レクサスからプリウスに乗り換えるような人々だ。ほら、パロアルトの駐車場ではポルシェ、プリウス、ポルシェ、プリウスと、まるで交互に並んでいるような状況だったのを覚えているよね?(笑)」

 

クルマは自己の価値観を表すためのツール

人々がクルマ(高価なスポーツカーやEV)を選ぶ理由
  • 価値観の表明
  • 正しい行為の表明
  • 運転を楽しむため
  • 節約は目的ではない

マーク:「最高速度が何100キロも出せるフェラーリだろうがシリコン・バレー界隈ではせいぜい50マイル、良くても80マイルで走ることができればラッキーだろう?いくら高性能車だからって目的地に速く到着できる訳ではない。どんなクルマもみな同じ場所に向かい、みな同じ速度で走る。わざわざ高価なクルマを選ぶ理由は単純な機能価値の他に存在するのは明白だ」

「実は人々が高価なスポーツカーやプリウスを選ぶ理由は、自己の価値観を表すためだ

「フェラーリに乗るような華やかな人、ボルボに乗る堅実な人、というイメージに皆んな金を払っているんだ。プリウスを選ぶ理由は、環境を大事にする善行というものを表明している」

「それにもうひとつ、スポーツカーを選ぶ理由は、運転自体を楽しむため!」

 

長年、多くのEVが市場で成功できなかった理由は「EV=節約」の呪縛から逃れられなかったマーケティングの失敗にあったのです。

彼らが発見したインサイト、それは自己表現と運転の楽しみこそが人々がクルマに求める価値である、ということでした。

 

バッテリーの技術革新
リチュウム・イオン・バッテリーの技術革新とともにEVの実用化が現実化した。

歴史ある自動車産業ですが、EVが長年成功できなかった理由のひとつにバッテリー性能の限界というものがあったました。

ところがデジカメやPCの普及とともに家電用の汎用バッテリーの技術革新が進みました。

マーク:「僕もマーティンも家電製品の開発の経験があった(電子書籍の開発)。そのおかげでリチュウム・イオン・バッテリーの将来性に早くから目を向けることができたんだ。ムーアの法則とまでは行かなかったけど、毎年8%〜10%の進化を遂げていたんだ。低価格化と高性能化はどんどん進んでいた」

 

18650型Li-ionバッテリー
18650型汎用バッテリーの大量使用
  • Li-ion唯一の汎用バッテリーであった
  • 複数企業によって大量に生産されていた
  • 1台の車で数千個を使用
  • テスラはバッテリーの大量購入者として優位な購入条件を獲得できる

マーク:「18650型のリチュウム・イオン・バッテリーの存在は以前から知っていた。全てのラップトップPCやビデオカメラに使われていたんだ。僕らはこれを大量に使用することを試みた。1台のテスラ・ロードスターでは7,000個が使われる。モデルSでは確か12,000個程も使われる。」

「僕らのような新興の弱小企業にとって有利だったのは、1台の車に搭載されるLi-ionバッテリーの数が、1200~1300台のラップトップPCに用いられる数と同等だったことなんだ。数千台の車を販売すれば、それは何百万台ものノートPCを売るのと匹敵する数量のLi-ionバッテリーが売れる。つまり突然、僕らの会社が世界市場で最大のバッテリー購入企業となった。最良の条件でバッテリーの仕入れが可能になったんだ

 

Disruption Possible!

成功の可能性を確信!
  • バッテリーの確保
  • 消費者の脱・化石燃料に向けた意識
  • コンピュータと動力エレクトロニクス(電気モーター)の問題解決
  • 車両製造のアウト・ソーシング先の決定→英国のロータス社にて車体製作

 

さぁ、Focus Groups(定性調査)の時間だ!

でも、実はFocus Groups(以下FG)を実施する意味が無い!?
  • FGが最も威力を発揮するのは、特定のものの順位付や確認の際。
  • 「どんなクルマが欲しいか?」のような問いは無意味。

マーク:「かつて僕らが電子書籍のe-Bookを開発した際、FG調査を実施した事がある。僕らがデザインした機器はあまりにもスタイルが洗練され過ぎて誰もスイッチの場所が見つけられなかった。 FG調査の意味はこういう部分にあるんだ。どんなクルマが欲しいか?なんて問いには実は誰も答えられないんだよ」

 

かつてヘンリー・フォードが「どんな乗り物が欲しい?と人々に訊いたとしても、彼らは『より速い馬かな』としか答えないだろう」と言ったそうです。イノヴェーションのヒントはあったとしても、FGでは答えは見つからない、という訳です。

 

どんなEVが実現可能なのか?

  • 質量は?
  • 加速は?
  • 馬力は?
  • 航続距離は?
  • コストは?

マーク:「そこで僕らはスーパー・コンピューターを駆使して検証した–というのは冗談で、表計算ソフトと高校程度の物理の知識があれば十分なんだ!」

 

Spreadsheets and high school physics (表計算ソフトと高校程度の物理で十分!)

Spreadsheets and high school physics

  • Force=質量*加速度
  • 加速度=Δv/Δt
  • Power=トルク*2π*回転スピード
  • バッテリー出力は207Wh/kg
  • バッテリー蓄電量は1800mAh

 

マーク:「判明したのは、石油は全く必要ない、という事実」

マーク:「平均的なカリフォルニアの環境なら、このイラストのようにEVと太陽光パネルを設置したガレージがあれば化石燃料に一切頼らない生活が現実のものとなる。ガレージの屋根に設置するパネルの数なんてこの程度で十分なんだよ!」

 

「もうひとつ、EVであれば素晴らしく楽しいクルマが作れる、という事実が確認できたんだ!」

EVであっても楽しいクルマは作れる!

  • 0-60mph: 4秒以内
  • 効率(発電から消費まで): 135mpgと同等
  • EPA基準の航続距離: 200マイル以上

マーク:「誰もが速いクルマが好きなんだ。最高速度は口プロレスの際には有効だけど現実的には0-60mphの加速の方が日常的に体感できる性能だ。当時最高の性能を誇ったあらゆるスーパー・カーの0-60mphの加速性能はほぼ4秒だった。だから僕らの作るクルマは4秒以内と、どれよりも速い加速性能をモノにしようと考えた」

「物理は僕らに味方した。電気モーターは他のどんな内燃機関よりも優れた加速性能を有するからね」

「そこから先はシリコン・バレーを舞台とした仕事となった」

 

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*講演ではこの後、テスラ・モーターズ起業に際しての資金集めと企業の発展過程が時系列で解説されていますが、今回その部分は省略させて頂きました。 万が一要望があるようでしたら機会を見つけて取り上げて見ようと思っています。

最後に講演後半部分で行われた質疑応答の中から重要と思える部分を紹介しておきます。

 

なぜスポーツカー生産から始めたのか? 販売戦略はどのように考えたのか?

マーク:「まず、ハイエンド・スポーツカー・マーケットは価格弾力性が低い点に注目した。優れた加速性能に対して高価な値段付けがなされ、それが顧客に受け入れられている。よって僕らの考える高性能EVをもって初期参入する市場として大変都合の良い領域だった。よりコスト管理が厳しく、競争も熾烈な量産の大型高級セダンの領域に最初から参入できるとは考えていなかった」

「もうひとつは、マーケット・ボリュームが小さい為、僕らのようなスタート・アップ起業にとってはコントロールが比較的容易な点だ。シリコン・バレー周辺、LA、マイアミ、ニューヨーク、と販売戦略やアフター・サービスなどを考える際にも地域を限定して把握できるからね」

「さらに、僕らが導入したユニークな手法は直販システムだ。調査では、人々は車を買う際にディーラーとコンタクトを持つ事に大きなフラストレーションを感じていることが判明した。お金を払っているのに、できれば関わり合いたくない連中(カー・ディーラー)と関わらざる負えない既存の販売システムは何かが間違っている、そう思わないかい?」

「冒頭に述べたように、僕らの究極の目標は脱・化石燃料社会の実現だった。まずはハイエンドのスポーツカー・マーケットでポジションを作り、そこで人々のEVに対するパーセプションの変革が一番目の目標だった。『成功したらポルシェ』、じゃなくて『成功したらテスラ』という具合にね

「ハイエンドのスポーツカーを売って稼いだ金を、次はもっと市場規模の大きな高級大型セダンの開発と製造・販売の資金として投入した。ロードスターの何十倍もの市場規模だ。競争は熾烈になっていく。幸いテスラのモデルSはこの領域で大成功している」

「分岐点となるのはモデル3だ。より多くの人々が購入可能な価格設定のこの車種はアウディのA3とほぼ同価格帯だ。モデル3が成功すれば世の中の流れは一気に変わる」

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後編のまとめ

  • クルマを売るのが目的ではなく、根源的な目的は脱・化石燃料
  • 自動車業界に新規参入する際には、まずはニッチなハイエンド・スポーツカー市場からスタート→ 人々にEVに対するパーセプションの変革を促す。
  • 稼いだ利益を、より大きな大型高級セダン市場への参入に投下(Model S)→EVへのパーセプション変革を定着させる。
  • セダン市場で獲得した利益は、さらに大きな市場であるコンパクト・カーの領域に投下(Model 3)→ EVがメイン・ストリームとなり、脱・化石燃料社会の実現が現実となる

 

 

以上、ここまで読んでいただきありがとうございました!

 

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