「人々がEVを買う一番の理由はガソリン代の節約なんかじゃない。社会正義の実践という意思表明にあるんだ」
マーク・ターペニング
「現在アメリカで一番クールな自動車会社」とまで言われ、世界のEV推進の流れを一気に加速する起爆剤となっているテスラですが、その成功の裏には綿密な市場環境予測と商品のポジショニング、そしてエンジニアの熱い想いがあったのをご存知でしょうか?
EV自体は新しいものではなく、実は初期の実用EVは既に1800年代の中頃、充電可能な鉛蓄電池の発明とほぼ同時に誕生しています。
しかしEVの販売数は1910年代をピークに、その後は徐々に下降線を辿り市場から姿を消します。理由は大量生産方式で圧倒的な価格競争力を持ったT型フォードに敵わなかったから、というのが通説です。
再びまたEVに注目が集まるのは近年になって地球環境問題に人々の関心が集まるようになってからです。
ガソリン自体のエネルギー量は非常に高いのですがエンジンの中で燃焼されて動力エネルギーとして変換された場合の効率は良くても20%程度で、残りのエネルギーは大量の熱として逃がしてしまいます。
翻って、電気モーターは90%以上のエネルギー効率を有しており、単にエネルギー効率という観点では圧倒的にEVの勝利です。
しかしながら、長年ガソリンやディーゼル内燃機関を搭載した車に取って代われるようなEVが登場することはありませんでした。
その理由は、充電式の電池のコストが非常に高かったことに加え、充電容量に限界があり航続距離が短かったのと、充電に長い時間を要する、という3つ部分がハンディとなっていたからです。
また、市場に登場したほぼ全てのEVは省エネ・カーとしてのポジショニングで開発されていました。
要は燃費のみならず、車両本体の値段も可能な限り低く抑えることに主眼が置かれた設計だったのです。
車の魅力を語る上で最も重要なのが「スタイリング」と「性能」です。
省エネに主眼が置かれて開発された多くのクルマたちは、決して人々をワクワクさせるような魅力を持ってはいなかったのです。
テスラ・モーターズを設立したMartin Eberhardと Marc Tarpenningのふたりのエンジニアが注目したのがこの部分でした。
「人々は速いクルマが好きなんだ」(M.Eberhard)
「いくら化石燃料から脱却できるEVだと言ったところで、ゴルフカートのようなカッコ悪くて遅いクルマだったら人々は興味を示さないだろう? ほとんどのEVが失敗した理由はそこなんだ」
「でも、ICE(Internal Combustion Engine= 内燃機関)が古臭く見えてしまうような圧倒的に高性能で魅力的なEVなら、人々は喜んでそちらに乗り換えたくなるだろう? そうでなくては長年ICEで培われてきた人々のクルマに対する意識を変えることなどできないと思ったんだ」
「僕たちの創り出したクルマは0-60mile加速では他のほとんどの量産高性能スポーツカーたちを凌駕する。これがEVに対する人々の意識を変革する強力な説得材料となったんだ」
さらに、彼らは当初GMによって1996年から1999年の間の3年間だけリースのみで存在していたEV1という、当時カリフォルニアではそこそこ人気のあった電気自動車の顧客層分析を行いました。
すると、EV1をリースした顧客層というのは、ベルエアなどの高級住宅地に家を持ち、年収が$250,000以上もあるような富裕層だったことに気がつきました。
この人たちはガソリン代を気にするような人々ではありませんし、自宅のガレージにはEV1以外にもポルシェ911が並んでいたりします。
さらには、マークの住むシリコンバレー周辺ではトヨタのプリウスが大人気でした。
「どんな人がEVを買っているのだろう? そう思って僕たちは顧客層を注意深く観察してみた」
「ご承知のようにパロアルト周辺の駐車場には、ポルシェ、プリウス、ポルシェ、プリウスと、互いに並ぶようにしてプリウスとポルシェ911の姿をよく見かける。そしてこれはトヨタの大誤算なんだけど、プリウス・オーナーの多くはもっと高価なレクサスからの乗り換え組みなんだ。彼らはガソリン代よりもスターバックスでラテに費やす金の方が多いような連中なんだよ(笑)」
「人々がEVを選ぶ際の動機は、『自分はクリーン・エネルギーの推進を応援する人』という自己表現欲求にあったんだよ」
そこからテスラ・ロードスターの開発が始まりました。
マーチンとマークのふたりのエンジニアが特に優れていたのは、人々がワクワクするような魅力的で高性能なEVを作るという、それまで大自動車メーカーも試みることのなかった市場のバキューム・ゾーンに着眼し、そこに果敢にチャレンジした点だと思います。
それは単に技術的な側面の開発だけにとどまらず、「クルマ好きの気持ち」というエモーショナルな部分にまで深く踏み込んだ包括的なライフスタイル提案となっています。
ざっと挙げると; カー・ディーラー(古色蒼然とした古い慣習の下で多くの顧客層が不満を抱いている部分!)を介さない直販体制*や、「スーパー・チャージャー」と名付けられた急速充電ステーションの全国ネットワークの構築、オーナーが自宅ガレージで充電するための「パワー・ウォール」と呼ばれるリチュウムイオン・バッテリーのストーレージ・システム、さらには自家発電を可能にするソーラー・パネルの販売と設置まで、非常に高品質な製品とサービスの提供を実現しています。
言い換えれば、彼らが産み出したものは、EVを中心に据えたオプティミステイックなライフスタイルの提案でした。
コスト・カットのための妥協の産物のような存在だった従来のEVには未来へのペシミスティックなムードが漂います。
しかしテスラが提案するEVからはオプティミスティックな未来が感じられます。
人々が競ってテスラを手に入れたがる理由が実はここにあるのです。
こんな自動車会社は近年どこにも存在していませんでした。
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次回はMarc Tarpenningの講演から「テスラがEVとして成功した理由」を詳細にみて行こうと思います。
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*Teslaの直販体制: 既存のディーラーの存在を脅かすため、各方面で波紋を生み出しています。ユーザー利益が最優先とは行かない局面も多々あるようです。